staffblog スタッフブログ

樒(しきみ)について

スタッフブログ

2026.03.15

1.本来の仏花は樒

 お花屋さんやスーパーの店頭に仏花として菊を中心にした5本程度の小さな花束を見かけますが、仏壇にお供えする花瓶に生けるための生花を指しています。しかしながら日本仏教において「仏花」とは樒のことです。しかも樒の花ではなく枝や葉など樒そのものを指します。特に真言宗では弘法大師が密教の作法で青蓮華に見立て使用したことから、仏器に樒の葉を5枚を蓮華の花びらのように飾ります。また護摩を焚くときにも房花として用います。私が高野山で修行していた時に柄香炉の代わりに使用する樒のことを教官僧の方々が「御花(おはな)」と呼んでいました。実際に「華香炉」と呼ばれて柄香炉が無い場合に代わりに用いられます。枕飾りで使用される一本樒が「一本花(いっぽんばな)」と呼ばれる所以です。葉を折ると芳香を発するため、他の類似植物とすぐに見分けることができます。この葉と樹皮を粉にすることで仏教行事に欠かせない抹香が作られます。ウィキペディアでは樒の別名として「シキビ(四季美)」「ハナノキ(花ノ木)」「ハナシバ(花柴)」「ハカバナ(墓花)」「ブツゼンソウ(仏前草)」「コウノキ(香ノ木)」「コウシバ(香柴)」「コウノハナ(香ノ花」「マッコウ(抹香)」「マッコウギ(抹香木)」「マッコウノキ(抹香ノ木)」など挙げられています。また「きに仏事や神事に用いられ・・・」との記述がありますが、これは古い習慣が残っている民間信仰としての「神事」を指しているものと思われます。

 

2.日本自生の植物

 樒は古来より日本に自生していたと思われます。「仏典の植物辞典(満久崇麿著)」には日本原産とも書かれています。以前はモクレン科に分類されていましたが、現在はシキミ科シキミ属とされています。ウィキペディアではマツブサ科と紹介されていますが、別科に分類される場合ありと表記されています。常緑の小高木で東北南部より沖縄まで分布しており、一部中国にも分布するようです。木全体に毒があり、特に果実は猛毒で劇物に指定されています。中国には近縁のトウシキミが広く分布していますが、こちらは毒性がなく「八角(はっかく)・大茴香(だいういきょう)」とよばれスパイスとして中華料理には欠かせぬ食材ですが、仏教を含め宗教行事には用いられません。名前の由来には「四季美(一年を通して緑の葉を付ける)」や「(有毒のため)悪しき実」から来ている説が有力です。

 3.鑑真和上伝来の木樒とは

 仏教用語の辞典など「樒」の項目に必ずと言ってよいほど、インドから中国に渡ったものを唐の鑑真和上が日本にもたらしたと「真俗仏事編(1728年)」に記載されている解説がなされています。これは「木樒(もくみつ)」のことで樒の字がおなじことから混同されたものと思われます。日本の樒は実際インドには分布しておらず、インド・中国とも仏教で樒を用いることはありません。鑑真和上が伝えた「木樒」とはサンスクリット語でデヴァダルと呼ばれる「ヒマラヤ杉」のことです。漢訳仏典の「法華義疏」に「形栴檀に似て微かに香気あり」「栴檀、および沈水、木樒その他の材で仏廟を起つ」との説明されていますが、インドでは建築などの用材樹として使用されており、仏廟を建てるには適していると言えます。逆に日本の樒は仏廟を建築できるほど大木ではありません。混合されたもう一つの理由に鑑真和上が木樒を水に入れて作法に使用した「香水(こうずい)」があります。漢訳仏典で「木樒すなわち天目香樹」と説明されていますが天目香樹とは葉の形や付き方がヒマラヤ杉によく似ている「ネズミサシ」のことです。ネズミサシは別名を和白檀と呼ばれるほどに独特の芳香があります。真言宗の作法で実際に使用される香水は白檀・沈香・丁子の三種の香木を粉末にして浄水に入れたものです。鑑真和上が白檀の代用で木樒を使用したのか、白檀を使用しているのにネズミサシと間違われ木樒と記されたのかは不明ですが、日本の樒を使用することはなかったと思われます。しかし現在では樒の葉を水に入れたものも香水と呼ばれており、前出の仏教作法で使用される本来の香水に使用される三種の香木を揃えることができずに略式代用されたと考えられ、さらに混同を深めることになりました。そのためかウィキペディアの「香水(仏教)」の欄には『樒という照葉樹の一枝を刺すことによって水が香水となることを、鑑真によって伝えられた。』と記されており「樒」と「木樒」と「天目香樹」が三つ巴で混同されているようです。ここではその間違った解説を上記の通り訂正しておきたいと思います。

4.民俗としての樒

 樒の字は木へんに密と書きます。これは真言宗など密教が盛んに作法に使用したことからこの字を書くようになったと言われています。もう一つ樒には木へんに佛と書く「梻」の字を当てる場合があります。これは神道で使用される植物「榊(さかき)」と区別するために木へんに「神」と「佛」に分ける表記を用いたものと思われます。なぜ分ける必要があったのでしょう。そのヒントとなる文章が民俗学者である五来重(ごらいしげる:1908-1993)の著書「葬と供養」の中に出てきます。源氏物語の「賢木(さかき)」は樒のことを指しており、平安中期ころまでは樒も「さかき」と呼ばれていたと言うのです。作中「少女子があたりと思へば榊葉の香りをなつかしみとめてこそ折れ」との和歌がありますが、この「香り」は樒であることを意味するとの考えです。

 榊や樒をはじめ、木斛(もっこく)、モチノキなど常磐木(ときわぎ)と呼ばれる常緑樹のなかでも、繁殖力が強く、成長が早く、葉持ちの良い植物は「栄木(さかえぎ)」の総称で呼ばれていたようです。さらに五来は巨大古墳を二重三重に囲むように出土する円筒型埴輪は、これらの常磐木を供えるための花立であると解説しています。栄木(さかえぎ)の言葉どおり来世や輪廻の観念が無かったころから死後の繁栄を願ったのか、もしくは常しえの命を思い死者の再生を祈ったと推測されます。これらのことから栄木の中でも香高いこの植物を「樒」「梻」として区分し、空海が密教を伝えて以降、仏教は盛んに作法や祭礼行事に使用するようになります。

 平安末期の今昔物語集に「梻(しきみ)を立て廻らかして注連(しりくえ=しめなわ)をひきて…」という文章が出てくるそうです。注連縄ひいているので樒は「玉垣」に使われていたことがうかがえます。仏教で言えば「結界」となりますが、この場合は神道の「神籬(ひもろぎ)」と考えたほうが自然です。もちろんこの時代ですから神仏習合の行事は多数あったと思われますが、巨木や巨岩などを御神体として囲んだり、神社全体をこの玉垣で囲んで神域との境界線を表しています。神聖な場所を区分けするのみならず、場を清める意味も含まれます。この後、主に仏教で樒を重用したために神道系の行事では使われなくなり、徐々に区分けが進んでいったものと推測されます。以前に私の居住していた地区では、正月の注連飾りに紙垂(しで)の他に木斛、柊、ユズリハ等の常磐木を挿して飾ります。古くは樒も同じように扱われていただろうと想像できます。

■魔除けとして

 2.の項で樒には毒があると解説しましたが、毒(薬効)と芳香の強さを持ち合わせる樒の効力を利用して、野生動物から作物を守るため田畑と里山との境に生垣のごとく植えられていました。身近なところではお墓の廻りを囲むように樒が植えられていたことはよく耳にします。手折ってすぐにお供えするためとも言われていますが、村墓地をグルッと囲むほど植えられていたことを考えると、お供え物が荒らされないためなのか、もしくは土葬された遺体を守るためとの説のほうが有力と思われます。イノシシやシカ、サルなどの野生動物たちが、毒があるからなのか、強い芳香を嫌うのかは分りませんが、一定の効果があったものと思われます。また前出の「仏典の植物事典」には戦前、戦中に防火用水などの飲用以外の水槽に、葉や枝を折って入れておきボウフラの発生を防いでいたとの記述があります。筆者は水を腐りにくくするためと聞いていましたが、どちらにしても浄化作用としても用いられていました。こうした害を防ぐという実用的な使用方法から「魔除け」や「邪気祓い」の呪術的な使用に用いられるようになったことは容易に推察できます。甕棺や木棺の中に樒を敷いて遺体を納棺していたとの記述も見かけますが、この場合は魔除けや浄めというより強い香気により腐敗臭を和らげる目的で使用されたと考えられます。

■依代(よりしろ)として

 吉川弘文館から出版されている民俗小事典「死と葬送」の樒の項目の中に、前出の今昔物語集「樒を立て廻らかして注連をひきて」の一文を引用して次の解説がなされています。「榊と同様の役割も果たすということである。つまり、本来は樒も榊や柴同様に、祭場を明示し、清浄に保つための印であり、神霊の依代であるともいえるのである。(解説:久保田裕道)」このことから神籬(ひもろぎ)としてだけでなく、榊の重要な役割である依代としても樒が同様に使用されていたと解釈されています。しかしながら実際に枕経を唱えに来た僧侶が、枕飾りの一本樒を「依代」として扱うような作法や行為を目撃したことがなく、葬儀の枕飾りにおける一本樒(花)において依代との関連性があるのか調べていたところ次の書籍に短い文章を見つけました。「葬儀実践全書(村越英裕著:興山舎)」には「一本花の多くは樒を用います。一本である理由は二度と不幸がないようにという意味です。一膳飯と同様、魂が宿るところ(依代)という意味もあります。」と記述されています。著者の村越英裕師は臨済宗妙心寺派の住職で、禅宗だけでなく仏教全般について精力的に執筆を行っている方です。霊魂の依代となると枕飾りの中でも重要な役割を果たしていることになりますが、仏教の作法というより、やはり民俗学的に考えたほうが分かりやすいようです。依代としての意味合いに近いものと考えられるものでは「日本民俗地図」に「ノデンボ、ノデ棒」等と呼称される白膠木(ぬるで)の木を杖にしたものなど幾例かの記載が認められますが、樒(類するものを含む)に関しては、「日本民俗地図 Ⅳ:葬制・墓制」だけでなく、他巻の関連記述をさらに深く細部にわたり調べてみる必要があるようです。

■供物として

 民俗学者の五来重は著書「葬と供養」の中で、香奠(典)の「香」は樒そのものを指すと書いています。「奠」とは酒樽(酋)を台に乗せるという意味の文字で、神仏に供物をささげることを表しています。さらに「仏教伝来以前から日本人はあの“香り高き常磐木(樒を指しています)”の枝を墓に挿し立てていたと推定される。」と指摘し、古代の風葬死体を樒の枝で囲んだり覆ってしまうことを「青山型殯(あおやまがたもがり)」と名付けています。これは高野山周辺にて埋葬墓上に会葬者が樒を立てて盛土を覆い、さながら青山のようにする風習が近年まで行われていたことに起因します。また、この著書の中で青山型殯と同様に神葬祭では榊を元々は墓上に挿していたと思われ、この行為が玉串奉奠の起源であり神籬の原型がこのようなところに見られると推察しています。繁殖力が強く、常緑植物である樒や榊が「栄木(さかえぎ)、常磐木(ときわぎ)」と呼ばれて古墳に供えられたであろうことは前出の通りです。花であり、薬であり、香であり、そして依代でもあるこの植物を、祈りや願いと共に捧げ供えることは、重要儀礼には欠かせない心を表す作法であったに違いありません。

追記:花瓶の水について二つの考え方

 枕飾りの具足の花瓶に一本樒を供える場合、「水を入れてはならない」という考え方と「水を入れなければならない」という二つの考え方があります。前者は主に禅宗系の考え方と思われます。実際筆者は曹洞宗の住職より「水を入れずにできるだけ早く枯れさせたり、腐らせたりして樒の薬効や芳香を強く引き出すため」と伺ったことがあります。後者は「香水(こうずい)」を盛るためとの考え方に起因します。真言宗の権教師以上に購入が許される「真言宗の事作法」の壇上荘厳に次のような記述があります。「華瓶(けびょう):これに花を挿しますが俗にいう花立ではありません。教軌によるとインドでは香水を盛るための容器で、その香水が蒸発するのを防ぐために花で蓋をし、併せて瓶の飾りとしました。時花もしくは樒の枝花を挿します。」この華瓶とは枕飾りの三具足の花立を指した説明ではありませんが、香水と樒の関連性を考えた場合、この考え方を当てはめた事には合点が行きます。この二つの考え方はどちらが正しいということではなく、宗旨、宗派によって柔軟に対応していくべき事でしょう。さらに同じ宗派でも宗教者によって考え方が相違するのはご存知の通りです。宗教者に従いつつ、知識として頭の片隅に置いて使い分けていただければと思います。

この記事をシェアする

どんな小さなご質問でも、ていねいにお答えします
年中無休 9時~23時 0120-352-101