
火は文明と文化の象徴と言えます。宗教における火の意味合いや、民俗と火の関係を論ずれば分厚い本ができてしまうほどの文章が必要となるでしょう。ここでは基本的ないくつかの項目に絞って解説したいと思います。
1.仏教における「灯明」の意味
仏教のなかでも密教である真言宗の灯明の考え方ですが、まず供養の基本と言われる六種供養の中に出てきます。六種供養とは「閼伽(あか)」・「塗香(ずこう)」・「華鬘(けまん)」・「焼香(しょうこう)」・「飯食(おんじき)」・「灯明(とうみょう)」の六項目のことで、閼伽とは水、塗香は身体に塗る粉末のお香、華鬘とは花、焼香は線香や抹香、飯食とは仏飯、灯明はロウソクをそれぞれ指しています。この六種供養は仏様が持っておられる六つの智慧を表していると考えられており、六つの智慧とは「仏智(ぶっち)」と呼ばれ六波羅蜜(ろっぱらみつ)の修行と関連付けされています。六波羅蜜とは「布施(ふせ)」・「持戒(じかい)」・「忍辱(にんにく)」・「精進(しょうじん)」・「禅定(ぜんじょう)」・「般若(はんにゃ)=智慧(ちえ)」の六項目です。それぞれ供養の内容に分けて「閼伽 = 布施」・「塗香 = 持戒」・「華鬘 = 忍辱」・「焼香 = 精進」・「飯食 = 禅定」・「灯明 = 般若(智慧)」以上のように修行の意義が説かれています。そしてこの六波羅蜜は「六道(ろくどう)」・「六趣(ろくしゅ)」と呼ばれる六つの迷いの世界「地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天」とも関連付けられており、六種供養を行い、六波羅蜜を修行すれば六種の苦しみを離れることができると説かれています。各項目ごとの深い意味付けについては長くなりますので、ここでは解説をさけますが、六種供養-六波羅蜜-六道の関連は以下の通りです。
閼伽 - 布施 - 餓鬼道
塗香 - 持戒 - 修羅道
華鬘 - 忍辱 - 人間道
焼香 - 精進 - 地獄道
飯食 - 禅定 - 天道
灯明 - 般若(智慧)- 畜生道
さて、ここからは本題の灯明の意味について考えてまいります。灯明が照らす明かりは智慧の光を表していると言われます。幽界と呼ばれる闇の世界は、全く光明のない世界であり、この闇の中ではすべてのものを見ることができません。ところが光明に照らされると一転して、形や色といった存在そのものを判断できるようになります。灯明の光が智慧を表すと意味付けられる所以です。「真言宗の事作法」には、灯明の光が闇を照らすように、お大師様(弘法大師空海)の遍照の光に照らされて正しい道を歩むことが大切であると説かれています。これは衆生と呼ばれる我々一般大衆が根本的な無知(無明)のために生死流転して、暗黒の生活を続けることを光(智慧)によってお導きくださるよう願いが込められています。また同書では大日遍照尊(大日如来)の光明の徳を表した真言である「光明真言」が、諸仏諸菩薩の真言の中でも特に功徳が甚深広大であるとされ、その中の「ジンバラ」と言う言葉が仏の光明を意味する梵語であると解説されています。
≪光明真言≫オン アボキャ ベイロシャノウ マカボダラ マニ ハンドマ ジンバラ ハラバリタヤ ウン
≪意味≫真実不虚なる毘盧遮那仏よ、その五色光によって、福徳と慈悲と光明を与えて、迷いを転じて覚りに導きたまえ。
また、真言宗の「檀信徒必携」には「お燈明は仏さまの“智慧”の輝きを表わしており、仏智の光は世間の闇を照らすとともに自己の心の汚れを除いて、覚りへの道を明るく照らす功徳が備わるのであります。」と書かれており、光がもたらす「浄化」の意味合いも併せて説かれています。
枕飾りには三具足(みつぐそく)と呼ばれる荘厳具(法具)を用意します。これらは香炉(線香立て)・燭台(ロウソク立て)・華瓶(花立て)の三つの仏具で構成されています。これらには前出の六種供養の意義が盛り込まれ満たされていることから「具足」と呼ばれており欠かすことのできない仏具となっています。前出の「真言宗の事作法」には「霊は光明を特に喜び慕うものとされています。そこで仏様の悟りの智慧を示す意味で内陣には常夜燈を置き、昼夜不断に消えることのない明かりを献げなければなりません。」との記述があり、霊魂と燈明の関係が表されています。前出の「浄化の意味合い」と「霊魂と燈明」は②の民俗としての灯明で解説いたします。同書では燭台の解説に際し、ロウソクが一般化する以前は油皿に灯心を置き、油を入れて火を灯したこと、その油には榧(かや)、胡麻、菜種など植物性の上質油を用い、灯油、アルコールなどの鉱物性や動物性の油は決して用いないことを注意しています。しかしながら現在量販店などで販売されているロウソクに使われている原材料は、原油からとれるパラフィンワックスを主原料としているものが多く残念ながら鉱物性です。さらに注意すべき点として火を消す時は必ず扇で扇(あお)いで消すか火消し用の道具で消すこととし、戒律でも息をかけて吹き消すことを禁じており、仏の智慧を表す灯明には(三業のひとつである口から発せられる)息を吹きかけぬようにと注意を促しています。以前にテレビドラマの中で、ロウソクではなく線香でしたがキムタクが息を吹きかけたために、ネット上で無作法を指摘されたことがありご記憶の方もいらっしゃると思います。しかしながら高齢者が、ろうそくの火を消す方法を考えた場合に、息を吹きかけて消すことが最も安全な方法であるならば、作法に敬意をはらいつつも柔軟に考えるべきと思います。田中角栄邸が線香ろうそくの火の不始末という報道がありました。一般家庭、特に高齢者のみの世帯において、火の管理は最も重要な安全対策を必要とする項目のひとつです。十分にお気を付けください。