
1.仏具としての鈴(りん)
一般的に「鈴(りん)」や「おりん」などの名称で呼ばれる仏壇の経机(前机)の右手前に置かれている仏具ですが、枕飾りにも当然のごとくセットされ枕机の右手前に置かれています。筆者は地方都市に生まれ、三世代同居で仏壇のある家に育ちましたので、祖父母が仏壇に手を合わせる時にチーン・チーンと鈴(りん)を鳴らす後姿を当然のごとく見ておりました。朝夕の礼拝時にお霊供を上げて線香を立てる時や、近所からおすそ分け(主に初物の果物など)を頂き真っ先に仏壇にお供えする時、お供えした物を「おさがり」としていただく時もすべて鈴を鳴らしていました。それはまるで仏壇(ご先祖様)に何かしらのアクションを起こす場合には、その前後に必ず合図として鳴らさなければならないという作法のような感覚が染みついているといっても過言ではありません。しかしながら実は枕飾りに必要な「三具足(みつぐそく)」と呼ばれる荘厳具(法具)に鈴は入っていないのです。香炉(こうろ:線香立て)・燭台(しょくだい:ローソク立て)・華瓶(けびょう:花立て)からなる三具足は六種供養の意義が盛り込まれ満たされているために「具足」と呼ばれ仏前に揃っていなければおらず、逆に言えば欠かすことができません。それでは鈴の仏具としての意味はどこにあるのでしょう。
筆者が修行した真言宗の場合、導師がお勤めする壇上荘厳に「鈴(りん)」はありません。役割として近いものに「磬台(けいだい)」があります。磬台とは「磬(けい)」と呼ばれる青銅製の板状のものを紐で吊るし撞木で叩いて音を鳴らすものです。「真言宗の事作法」には「磬台は磬を架(つる)し、撞木(しもく)でこれを叩いて合図をするものであります。これに替えて打鳴し(うちならし)を用いることもあります。」、「例時(れいじ)“誦経(じゅぎょう)”とは朝夕の勤行(ごんぎょう)“お勤め”のことです。ここにもやはり打鳴しを置きます。“キン”とか“磬子(けいす)”などという大形のものは真言宗の正式ではありません。」と記述されています。この「打鳴し(うちならし)」こそ「鈴(りん)」のことを指しています。このことから仏具としての鈴は、経頭(きょうとう:読経する際のリーダー役)が一緒に唱える人々へ開始(2回)・区切り(1回)・終了(2回)を伝えるための合図として鳴らされるものです。故人やご本尊ではなく、あくまで一緒にお唱えする人々のために鳴らすものという訳です。ちなみに一般的にリン棒と呼ばれているものは「撥(はつ・ばち)」、大型のものは「棓(ばい)」が正式名称です。磬を鳴らす撞木(しもく)は通常「しゅもく」と読まれます。シュモクザメの“シュモク(ハンマーヘッド)”はこの撞木に頭の形状が似ているから名付けられました。「しもく」には撞木のほか「支木・鈎杖・枝木」など、宗派、形状などの違いにより別の文字が当てられます。
都会では僧侶と一緒にお経を唱えることができない遺族が多いと思います。枕経の際に鈴(りん)は必要ないのかという論議になりそうですが、実際には合掌、礼拝の合図として鳴らしています。葬儀ホールでは遺族が一人もいないときに僧侶が枕経に来館することもありますが、その際にも鈴を鳴らしていたので読経する時に慣習化しているということでしょう。ウィキペディアの「鈴」には真宗大谷派のみ「鈴台と作法」について記述されており強いこだわりを感じます。また浄土真宗本願寺派の住職が枕経が終わった後で遺族に対し、お読経をせずに合掌礼拝だけする場合には鈴を鳴らしてはいけないと言っているのを聞いたことがあります。行事作法をわきまえずチンチン呼び鈴のように鳴らすものではないと話していました。葬儀実践全書(村越英裕著)には「枕経でおりんをならしてもよいですか?」との問いに対して「引導を渡した後に鳴らすものだと考える導師も少なくありません。四十九日が済んでから鳴らすというところもあります」との記述があります。宗派や地区などの説明がなく、理由も明らかではないので、ここでは解説を控えますが一度詳しく調べてみる必要を感じました。